院長先生のブログ
学校での逆境体験と大人の社会的ひきこもり
小児期の逆境体験は、成人後のメンタルヘルスにどんな影響を及ぼすのでしょうか?
学校での逆境体験をした成人の割合、それらの体験と成人後の抑うつ・不安レベルおよび社会的ひきこもりとの関連についてインターネットで調査した論文( Frontiers in public health. 2023;11;1277766. pii: 1277766.)を紹介します。
調査対象は、ネット調査パネルに登録している20~34歳の成人4,000人で、匿名で回答してもらいました(回答者の1人はトラップ項目に反応したため、解析対象は3,999人)〔平均年齢27.2±4.3歳、男性と女性がともに49.4%(その他1.2%)〕。
小児期の逆境体験(ACE)の評価には、10項目(保護者による身体的虐待、言葉の虐待、性的虐待、ネグレクト、夫婦間の家庭内暴力、離婚、死別など)のトラウマ体験を問い、「はい」と回答した項目数を「総ACEスコア」として解析に用いました。
学校でのACEの評価には、教師から受けたACEについては前記の質問の主語の「保護者」を「学校または幼稚園の先生」と置き換えて質問し、該当項目数を「教師ACEスコア」として解析しました。
子ども間でのACEについては、同級生または上級生によるいじめ被害の体験を「いじめACEスコア」として解析しました。また、教師ACEスコアといじめACEスコアを統合した「学校ACEスコア」も解析に用いました。
なお、抑うつや不安のレベルは、PHQ-4という4項目の質問から成る評価指標を用いて把握しました。PHQ-4は0~12点でスコア化され、スコアが高いほど抑うつや不安が強いと評価されるものです。本研究では6点以上を中等度以上の抑うつ・不安と定義しました。
結果は以下の通りです。
特別な理由がないにもかかわらず、6カ月以上にわたり他者との交流を伴う外出をしていない場合を「社会的ひきこもり」と定義すると、138人(3.5%)が該当していました。解析対象全体のACEスコアは平均0.76±1.37で、1点以上が35.9%、4点以上が6.1%でした。
学校ACEスコアの平均は0.96±1.18で、1点以上が55.1%、教師ACEスコアは0.32±0.75、いじめACEスコアは0.64±0.71でした。またPHQ-4は2.65±3.16で、16.3%が中等度以上の抑うつ・不安を抱えていると判定されました。
社会的ひきこもり状態を目的変数、年齢、性別、教育歴、世帯人員、生活環境(収入源や暮らし向き)、および総ACEスコア、学校ACEスコアを説明変数とするロジスティック回帰分析を行った結果、世帯人員〔1人多いごとのオッズ比(OR)1.14(95%信頼区間1.01~1.30)〕とともに、学校ACEスコア〔1点高いごとにOR1.29(同1.13~1.47)〕が独立した正の関連因子として抽出されました。反対に、教育歴が長いこと〔OR0.65(0.57~0.74)〕や生活環境が良好なこと〔OR0.65(0.58~0.74)〕とは、負の関連が認められました。年齢や性別、および総ACEスコア〔OR1.01(0.89~1.13)〕は、社会的ひきこもりと有意な関連は認められませんでした。
学校ACEスコアの代わりに教師ACEスコアといじめACEスコアの二つを説明変数として用いた解析でも、世帯人員以外の有意な正の関連因子は、教師ACEスコア〔OR1.23(1.01~1.51)〕といじめACEスコア〔OR1.37(1.06~1.78)〕でした。中等度以上の抑うつ・不安を目的変数とする解析では、学校ACEスコアとともに総ACEスコアも有意な正の関連因子として抽出されました。
以上から、学校関連の逆境体験(ACE)は家庭内での逆境体験よりも高頻度に発生している可能性があり、成人後の社会的ひきこもりの発生とメンタルヘルスに悪影響を及ぼしている可能性があることが分かりました。
子ども達が学校で教師や級友から受けた逆境体験は成人後のメンタルヘルスに悪影響を及ぼします。子どもの教育に携わる方は頭の片隅に置いておきましょう! (小児科 土谷)